従来のアルコール依存症の治療方法と言えば断酒一択でした。
しかし、今では減酒外来が存在し、「飲酒量を減らすことで治療をおこなう」という減酒治療を選ぶこともできます。
新たな治療法である減酒治療とは何なのか?
断酒とは何が違うのか?
このページでは減酒治療の知られざる効果と、減酒治療の基盤ともなった「ハームリダクション」について、ご紹介します。
どうしても断酒をしなければならないのだろうか?
周りが断酒をできるような環境じゃない。でも治療がしたい
そんな風に考えている方は必見です。
減酒と断酒の違いとは?減酒治療の概要
減酒治療を紹介する前に、「断酒」「禁酒」「減酒」のそれぞれの意味についておさらいしましょう。
- 断酒
自らの意思で一切の酒を断つこと - 禁酒
酒を飲んでいた人が酒をやめること、酒を飲むことを禁ずること - 減酒
飲酒する量を減らすこと、酒量を少なくすること
減酒治療は飲酒量を減らす治療法です。
飲酒コントロールを完全に失っていないアルコール依存症患者の治療法で、まだ歯止めが効く段階でアルコール依存症の進行を食い止めることを目的としています。
また、減酒治療は受診の抵抗感を減らすことも意図しており、治療のとっかかり的な存在でもあります。
治療方法は、セリンクロ(ナルメフェン)という飲酒欲求を抑える薬の服用と定期的な通院を行い、医師に飲酒量を記録して報告することで、飲酒のコントロールを図るというものです。
つまり、減酒治療では薬物療法によって飲酒欲求をコントロールします。
減酒で本当に治療は可能なのか?
結論からいうと、患者のアルコール依存症のステージが浅い場合には治療方法の選択肢になり得ます。
すべてのアルコール依存症患者に対する適切な治療は断酒です。
特に、ステージの進行したアルコール依存症患者に対しては、減酒治療は難しいというのが現実です。
しかし、依存症のステージが浅い患者に対しては、減酒もアルコール依存症治療の選択肢になり得ます。
これまで(セリンクロの登場以前)の日本でのアルコール依存症治療では、断酒が治療の絶対条件でした。
無論、合併症がある等、これ以上飲めば命に関わるという状態の患者であれば、治療は断酒一択になるでしょう。
しかし、それ以外の患者はどうでしょうか?
「アルコール依存症の初期症状」にて紹介したように、アルコール依存症患者には以下の図のように4つのステージがあります。

アルコール依存症のステージが中期~末期の患者であれば、身体機能に支障が出ている場合が多いので、断酒が選ばれることが多いです。
ですが、プレアルコホリズム~初期にかけての患者であれば、断酒だけでなく減酒という選択肢もあり得ます。
また、アルコール依存症を治療したくても、環境によって断酒が困難な状況にある人も存在します。
- 周囲のアルコール依存症への強い誤解・無理解
- 仕事上、どうしても飲み会に参加しなければならない
- 取引先から強く酒を勧められる
- 病気のことを打ち明けづらい
本当に周囲に理解がないのか?(実は理解があるかも)
仕事上の飲み会へ不参加を表明することや、参加して酒を断ることが本当に難しいのか?(実は何とも思われないかも)
病気のことを打ち明けたとしても、本当は周りは受け入れてくれるのではないか?(実はすんなり受け入れてもらえるかも)
もちろん患者自身が思い違いをしている可能性はあり、認知の歪み(ゆがみ)で錯覚してしまっているだけかもしれません。
しかし一旦そういった議論はおいておいて、患者本人が感じていることを尊重して以下を読み進めてください。
断酒は少なからず周囲からの手助けが必要です。
そのため、周囲に助けを求めにくい状況にある人は、断酒が困難であると言わざるを得ません。
このように、環境によって断酒が困難なアルコール依存症患者は、減酒から治療をスタートすることが可能なのです。
何を隠そう、私は減酒によるアルコール依存症の治療をおこなっています。
数年前に、アルコール依存症外来をはじめて受診した際に、「アルコール依存症・初期」という診断が出ました。
当時は、断酒しか治療法を選べなかったため、ほぼ思考停止状態で断酒に取り組み始めましたが、いくつかの理由で失敗に終わりました。


そして、2019年10月から、減酒治療に切り替え、再スタートしました。
減酒治療に取り組みながら感じることの一つに、減酒は断酒につながっているということ。
減酒をしていると「あれ、断酒できそう?」と思えることがあります。
断酒していたときは「続くかな…?続かないかな…?失敗しそう…」という感情が多かったです。
もしあなたが減酒という治療の選択肢を選べる場合は、それも候補に入れつつ、治療を前向きに考えてみてください。
断酒が最良で、治療をしないことは最悪ですが、減酒はその中間。
中間といっても十分治療ですし、むしろ十分に「良い寄り」であると私は感じています。
厳罰化は逆効果?新たな治療概念「ハームリダクション」
近年、「ハームリダクション」という新たな概念をアルコール依存症治療でも導入しようという動きが活発化しています。
ハームリダクションは、もともと薬物依存症の治療で導入された考え方です。
「完全に依存性物質(薬物)をやめる必要はないが、使用回数を減らしていきましょう」という治療です。
アルコール依存症に当てはめてみると「アルコールを完全に断つ(断酒をする)必要はないが、制限を設けることで飲酒量を減らしていきましょう」ということになります。
これに呼応して行われているのが減酒外来であり、これはアルコール依存症治療の権威ともいわれている久里浜医療センターでも行われています。
なぜ「ハームリダクション」が注目されているかというと、依存症という病気を無くす目的で法規制を厳しくし患者を罰すること(厳罰化)は逆効果になり得るためです。
これには実例があります。
20 世紀初頭、国際的に「厳罰主義」に基づき、薬物禁止政策などの法規制を厳しくして薬物を禁止する取り組みがありました。
結論から言うと、この薬物への厳罰主義政策は完全な失敗に終わりました。
違法薬物の需要と供給は減少するどころか、世界全体の薬物生産量と消費量は増加し続け、薬物関連での死亡・病気・暴力・汚職などの問題は深刻化しました。
例えば、1971年にアメリカのニクソン大統領が行った大規模な薬物禁止政策による薬物犯罪の取締り強化と厳罰化は、かえって薬物消費量や関連犯罪を増やす結果となりました。
過剰摂取による死亡者やHIV 感染症者などが激増し、加えて厳しい規制によりマフィアなどの犯罪組織が莫大な利益を上げることとなりました。
このように、依存症治療における厳罰化が逆効果を生んだ背景もあって、ハームリダクションの考えが注目されているのです。
とにかく治療の第一歩を
減酒治療は無意味な治療法ではありません。
アルコール依存症治療で最もネックなのは、自分が依存症であるという自覚がない患者があまりに多く、治療の開始が遅れることです。
これは依存症患者に共通している点ですが、依存対象物質である酒や薬物を取り上げられないよう「自分は病気ではない」という否認の思考に陥りやすいのです。
実際にこの記事の協力者であり、アルコール依存症で入院した小石さんはその思考に陥ってしまい、本人も「どこかおかしいな」と感じていたにもかかわらず、入院するまでに結局5年近くかかったと言います。
そんな中、周囲や家族が勧めやすく、かつ患者本人も受け入れやすい治療法が減酒治療だといえます。
一番重要なのは、とにかく治療へと足を一歩踏み出すこと。
先に述べたように、減酒治療はアルコール依存症のステージが浅い患者(プレアルコホリズム~初期)向けの治療法です。
また、断酒のきっかけにもなると私は感じています。
何もせず、ただ依存症が進行していくのを放置するよりは、減酒治療で進行を食い止めるほうが、患者自身のためにも周囲のためにも、圧倒的に良いです。
断酒と聞いてそのハードルの高さに躊躇してしまう方は、まず減酒治療から検討してみてはいかがでしょうか?
まとめ
アルコールは巧妙な敵だ。私たちのアルコホリズム(アルコール依存症)は治ったのではない。(中略)毎日執行を猶予されているだけなのである
『ビッグブック』p.122-123から引用
この言葉は、「ビックブック」という本で述べられています。
ビックブックとは、アルコール依存症患者によって作成された回復録であり、過去の患者が実際に語った体験談が記されています。
この本にある通り、アルコール依存症になってしまった人は、アルコールに支配されるかもしれないという恐怖にさらされています。
減酒治療は巧妙な敵であるアルコールと、薬や医師の助言というサポートを受けながら上手に戦っていく治療法です。
断酒するのに厳しい状況にある人は、まず減酒から取り組んでみてください。


